オセアニアの今―伝統文化とグローバル化

サモアを中心に40年以上オセアニア研究に携わっている山本真鳥さんが、オセアニアの島々の人々と続けてきた交流の中に見えてくる「風景」を余すところなくつづります。

第13回 オセアニアの環境―沈む島とゴミ問題

 環境問題は私が必ずしも得意とする分野ではない。しかし、オセアニアの今を語るにあたって全く言及しない、というわけにはいかないと思い、私の持っている乏しい知識を寄せ集めてこの13回を書いてみる。オセアニアの環境問題と一口にいっても、本当はかなり広い領域を含んでいるが、多くの場合、植民地主義と同様に、オセアニア諸国の人々は概ね被害者である。

 その最たるものは核問題である。全く関係ないところで作られ、実験場となっただけで、利用することもない。北太平洋ではビキニ環礁等でのアメリカ合衆国の、また後には南太平洋ではフランスのムルロア環礁での核実験があった*1。前者においては、日本の漁船も巻き込まれて被爆する事態が生じたが、同時に住民に多くの被害が生じている。いずれの場合も環境破壊が深刻である。実験終了は合衆国の場合1960年代、フランスの場合90年代であるが、まだ問題は終了していない。両方とも、理系文系を含む研究者ばかりでなく、現地住民、環境運動家、国際政治に関わる人々などを含んだ国際的な研究・活動の取り組みがある。ただし問題はまだ残っているが、国際世論の関心は地球温暖化の方にシフトしているようだ。

 今回は、前半で地球温暖化の問題を、ツバルを軸にして考えてみる。その後、太平洋諸島のゴミ問題を取り上げるが、これには日本が大いに関わっているからである。

 

環礁(アトール)の誕生

 地球温暖化は、北極の氷、氷河などが溶け出すという事態を招く一方、海面上昇、気候変動、海流の変化、生態系の変化、風の変化など様々の事象があり、世界中が何らかの影響を被っているのであるが、太平洋の環礁には最も高いところでも海抜2~4メートル程度のところが多く、そのうち島そのものが海面上昇によりなくなってしまうのではないか、ということが取り沙汰されるようになっている。

 まずは、そのような環礁について最初は書いてみよう。オセアニアの島々は、その成り立ちにおいて、火山島、隆起珊瑚礁、環礁の3種類に類別される。ハワイ諸島や、サモア諸島、ソシエテ諸島などは火山島であり、火山活動によって生成している。ハワイ島は今でも火山活動が盛んで、時に噴火が起こる。一方、トンガの主島であるトンガタプ島は隆起珊瑚礁である。環礁(アトール)は、低い土地が連なって、ところどころ切れたりしながら、環状に形成されているものである。次節で取り上げるツバルの主島フナフチ環礁を上空から撮影した写真をお目にかけよう。

RuimtefotoFunafuti
フナフチ環礁航空写真。NASA撮影。
Mtcv at nl.wikipedia / Public domain

 このような環礁でできあがっている諸島は、たとえばマーシャル諸島、ツアモツ諸島、ツブアイ諸島などがある。どうしてこのような環状の島ができあがったのだろうか。環礁の生成について、進化論で有名なチャールズ・ダーウィン*2が仮説を立てたが、それは現在でも専門家にサポートされている。すなわち、最初火山活動によって、中央に高い山がそびえる島が生成する。その後、その島の周りの水面あたりに、珊瑚が育つ。何らかの理由により地盤沈下が起きたか、海面上昇が起きたかして、ごくごくゆっくり島は沈下していく。珊瑚は海面すれすれに育ち、しかも上に育っていくという性質があるために、かつての島の裾の位置から真上に伸びていき、やがて珊瑚礁ができあがっていく。この生成過程を説明した動画クリップを見つけたので、紹介したい。

www.youtube.com

Birth of an Atoll(Khaled bin Sultan Living Oceans Foundation)*3

 

 この動画では、3000万年もかかってゆっくり進行すると述べられているが、その実際の年数はケースバイケースである。珊瑚礁と島の間は遠浅になっており、そこに様々な生物が生きている。ラグーン(礁湖)と呼ばれる。やがて、真ん中の元の火山が水没してしまう場合も、残ってしまう場合もある。

 チュック(旧トラック)諸島(現ミクロネシア連邦の一部)というのは、山の高い部分だけがまだ残っていて、そこに人が住んでいる。周囲の珊瑚礁は人の住む島々のはるか彼方に存在し無人である。トラック諸島のラグーン内はすでに結構深くなっていて、船の航行が可能である。第二次世界大戦中、トラック諸島は日本海軍が駐留する天然の要塞といわれた。ラグーン内は波静か、ラグーンの切れ目に目を光らせるだけで守備できたからである。

 環礁はこの中央の山のてっぺんも水没してしまったものである。やがて珊瑚礁に砂や土が堆積し、ヤシなどの植物が育つ。人が住むことができるようになるが、しかし環礁の生活はなかなか厳しい。

 私は環礁で調査を行ったことはなく、1974年にマジュロ環礁(マーシャル諸島)に立ち寄った経験しかない。海外経験の全くなかった大学院の1年生で、ハワイ経由でマジュロに到着した。到着時には愕然とした。何しろ海からの距離がほとんどなく、前も海、後ろも海である。波の音が常に聞こえる。海からの高さがさほどない場所であるから、まるで海の上に直接立っているかのような錯覚に陥る。高いところがあっても海抜2~4メートルの世界だ。嵐が来たら、あのヤシの木にしがみつくしかないのだろうか、などと考えている自分がいた。もちろん2~3日たったら慣れてはきたが。

 植生が乏しく、ココヤシ、タコノキ程度で、イモ類は育たない場合もある。井戸を掘っても、塩っぽい水しか出ないことが多いので、天水に頼らざるを得ない。雨が頼りであるが、時に日照りが続くこともある。環礁で調査したある人類学者は、洗濯をさせてもらったが、すすぎは1回だけといわれたという。雨がしょっちゅう降り、植生豊かなサモアの暮らしは比べものにならない位恵まれているかもしれない。

 

沈む島ツバル

 温暖化の中で脚光を浴びているツバル(Tuvalu)は、エリス諸島と呼ばれる9つの環礁からなる国家である。イギリス領ギルバート・エリス諸島として統治されていたが、独立に際して、ミクロネシアのギルバート諸島*4とポリネシアのエリス諸島とは、言語や文化も異なるため、別々に独立する道を選んだ。1978年に独立した、議院内閣制に基づく国家で、人口約1万人ほど(2018年推計)である。Tūは立つという意味で、valuとは8のことである。当時9つの環礁のうち8つの環礁に人が住んでいたためという。人口20万人のサモア独立国は日本から見たら極小国であるが、ツバルはさらにサモアから見ても20分の1の小国である。

Tuvalu, islands - de - monochrome
ツバル地図。
TUBS / CC BY-SA 3.0 DE
Tuvalu Inaba-4
フナフチのラグーン風景。
INABA Tomoaki / CC BY-SA

 首都は先の航空写真の被写体であるフナフチ島で、フィジーのナウソリ空港(首都スヴァの近くにある比較的小さな国際空港)からプロペラ機が週に数便飛んでいる。フナフチ島から他の島へはフェリーで移動することになり、それほど便利とはいえないようだ。様々な利便性ゆえと思われるが、他の島々からもフナフチ島に移住する人が増え、国全体の人口の半数はここに住んでいる。

 このような環境ゆえ、ほとんど輸出できる資源はない。船員として働く者の仕送りは家族にとって重要な収入となっている。船員養成のために、フナフチ島には、ツバル船員養成所が独立に併せて設置されている。また、.tvというドメインコードの管理権を委託するといった奇想天外の収入を得たり、ODAをまとめてもらい信託基金とするなどの工夫が見られる。

 ツバル語は近辺ではサモア語に近く、サモアとの文化的な近縁性も注目される。サモアにはエリス諸島出身者が住むとされる、エリセフォウ(Elise Fou、新エリス)という村がある。彼らのダンスは村に伝わるものでサモア的ではなく、たまにショーをして見せてくれたりもするが、現在では個人個人はサモアの教育を受け、サモアの市民権を得ているのではあるまいか。

 ツバルが世界的に有名になったのは、地球温暖化が議論されるようになってからである。温暖化のために北極や氷河の氷が溶けつつあり、それが世界的な海面上昇に結びついている。1993~2018年の間で年間3.3mmずつ海面が上昇している*5とするならば、海面すれすれの地面となっているツバルは国全体で少しずつ地面が奪われ、しまいには海面に没してしまう可能性がある、という情報は世界を駆け巡っている。実際、何本ものヤシの木が倒れた写真や、満ち潮によって地面に水のたまる写真がインターネットで公開されている。特定非営利活動法人Tuvalu Overviewのサイトでもそのような写真を見ることができる。この法人は、ツバルの現状を日本国内に知らせて、温暖化への関心を高める活動や、ツバルへのエコツアーなどの事業を行っている。

Funafuti 2017
フナフチにて、降水と満ち潮による冠水。
FabGUTIE / CC BY-SA

 ただし、実際にツバルが地球温暖化のせいで沈みゆく島であるかどうかは、科学者の間でも結論が簡単に出ているわけではない。私はそのようなデータをきちんと追ってお伝えするほど知識が進んでいるわけではないが、ツバルで人類学のフィールドワークを行った小林誠によれば、実はツバルの海面上昇には多くのファクターがからんでいて、それほど単純ではないという*6。確かにヤシの木の倒壊も起こっているし、地面から潮っぽい湧水が出てきているが、グローバルな海面上昇でそれが生じているとは言い切れないらしい。フナフチは第二次世界大戦中に合衆国海軍が日本軍攻略用の飛行場を急ピッチで作り、そのために人為的な地形の改変を行っている。湧水はこの工事が行われた場所で起こっている。また、首都集中の人口増加のために、従来居住していなかった海岸近くまで人が住むようになった結果、冠水などの被害が増大しているという。そして、人口増加と近代化の結果、ゴミ処理も進んでおらず、これが海水汚染にもつながっている。

Tuvalu - Funafuti - Dump
フナフチのゴミ捨て場。
mrlins / CC BY

 フナフチ島自体は、浸食される部分もある一方、土砂が堆積するということも生じていて、実際に面積は微増しているという結果も報告されている。またこれは他の環礁についても概ね共通することのようだ。面積に変化なし、もしくは微増した環礁がほとんどで、面積が減じた環礁は14%しかない*7。しかし、海流で堆積した土砂がすぐに耕作に適しているとは思えない。「使える土地」になるまでには時間がかかるので、やはり失われているという見方も正しいといえそうである。

 住民の意識という点でも小林誠は調査を行っている。わからない、と述べる少数派を除くと、海面上昇を認める人の方が少ないのである。そして海面上昇を認める人々は、マスコミ(主にラジオ)の言説にある「海面上昇」や「平均海面」という語を認識しているかどうかに大きく依存しており、それによってむしろ周囲の自然現象を恣意的にピックアップして傍証として語る傾向があるという*8。この住民の認識はすべてのツバル人の認識を代表するわけではないが、おそらくツバルの政治家が対先進国の場面で、地球規模での先進国(加害者)と途上国(被害者)という図式に則って様々な援助を訴えかけるときには、このような言説が下地となっているはずである。

 海面上昇ということを考えると環境移民という考え方は当然出てくる。オーストラリアははじめから拒否しているが、ニュージーランドは一時受け入れることに同意した。しかし環境移民の定義の難しさからか、結局取り下げるに至っている。ニュージーランドはその代替としてか、労働移民ということで、キリバスと共に、毎年各75人の枠を設けて受け入れている。2013年の国勢調査では約3500人のツバル人がニュージーランドに住んでいる。オークランドで開催されるポリネシア人の祭典、パシフィカ・フェスティバルには、ツバルの村が登場するようになった。

f:id:koubundou:20200624144009j:plain

パシフィカ・フェスティバルのツバル村風景。2009年、山本真鳥撮影。

 ヤシの木が倒壊するとその根のあたりが浸食され、流れ出した土砂が珊瑚の生育には悪影響となる。また、ゴミ問題からの汚染も気になるところである。珊瑚の生育も何とかできないかということで、環境保護を行う動きは存在している。マングローブの植林が行われており、またゴミ問題への取り組みが行われる気配が出てきたことは尊重したい。

 

サモアの廃棄物処理問題

 環礁に限らず、オセアニアのゴミ問題は、近代化と共に始まった大きな課題である。もともとプラスチック、ガラス、鉄、といったものはオセアニア文化にとって外部要因であるし、現在ですら現地で作られてはいない。近年それらの輸入品が多く取り入れられ、車輌のように大きな粗大ゴミも出るようになっているが、それらのほとんどを再生して部品に作り替えて用いるということのできないオセアニアの諸島では、先進国以上にゴミを抱えることになってしまうのである。

 さて、私が長らく定点観測を行ってきたサモア独立国のゴミ問題について考えてみよう。私が最初にフィールドワークに訪れた1978年頃、サモアにはごく限られた街中(アピアの商業地区)だけドラム缶を半分に切ったゴミ箱が設置されていたが、一般家庭にも、一般家庭の周囲にも、ゴミ箱はなかった。養女となって住み込んだ現地人宅もあちこち寄せてもらった知人宅もトイレを除いて家内にゴミを回収する容器はなかった。

 というのも、外来のものを除いて、厨芥(ちゅうかい)ゴミや食べ残しはその辺に投げ捨てれば、ブタが食べるし、その他腐っていたり固かったりしてブタが食べないものも、そのまま放っておけばそのうち分解してなくなってしまうのである。敷地は広いから*9、隣近所にも迷惑ではない。私自身は紙袋やプラスチックバッグをゴミ箱代わりにしていたが、むしろ、日本ではゴミとされるようなものも彼らにとって再利用可能な場合が多く、私の「ゴミ」は誰かが綿密に調べて、必要物を取り出すことが多かった。裏面を利用していない紙、とか、余り汚れていないティッシューとか、外側がちょっと汚れているけれど未使用のバンドエイドとかがなくなっていくので、ゴミはずいぶん減量するのだった。当時はまだドリンク缶がなく、ビン詰がほとんどだったから、ビンはお金に換えてもらえるということで、誰かが持って行くのが常だった。

 サモア独立国に比べて、アメリカ的な物質文化が入ってきているアメリカ領サモアはもうちょっと事態が深刻だったと思う。当時からアメリカ的使い捨ての便利なものが入ってきていて、紙おむつやドリンク缶、ビスケットの袋などが道ばたに散乱していた。家の裏にそれらを集めて捨てている場所があったが、そこもどんどん量が増えつつあった。

 1980年代には、ホノルルのダウンタウンにある高層の公営住宅ビル――当時住民の半分以上が東西サモアからの移民であった――の裏にあるかなり広い空き地にあらゆる種類のゴミが散乱しているということが問題になった。住民が高いところからどんどん物を投げるのであるが、ひどいときには空からベッドが降ってきたりするという。高層建築に住むというのも、ゴミをまとめて捨てるというのも島からでてきたばかりの彼らにとっては新しい経験なのだった。やがてベランダには金網が張られて大きなゴミは投棄できないようになった。

 ところが1991年のクリスマス近くにサモアを訪れると、空港から市街地へ行く途中のいくつかの村に、ドラム缶を半分に切って作ったゴミ箱がいくつも並んでいるところがあって驚いた。当時はゴミの収集も行われていなかったと思うが、あとで聞いた所では、観光開発の一環として行われた美化運動の成果のようだった。ここに紹介する写真は、年代的にはもっと後に撮影したものであるが、同じような仕様のゴミ箱である。

f:id:koubundou:20200624144139j:plain

サモアの村のゴミ箱。2003年、山本真鳥撮影。

 やがて政府がゴミ収集を行うようになった。そのために何軒かの世帯ごとにゴミ集積所が作られた。写真のようなものである。それぞれの地域の誰かが日曜大工で作ったようで出来にばらつきはあるが、それなりに役に立っている。

f:id:koubundou:20200624144215j:plain

サモアの家庭ゴミ置場。ネズミや虫よけのために高いところに置くようになっている。

2003年、山本真鳥撮影。

 ゴミ集積はある時期からサモア政府の環境省が行ってきたが、単にトラックで集めて、内陸の方のタファイガタ*10というところの集積所に積み上げていただけであった。そのため、悪臭などの環境汚染があり、またゴミ拾いの人々が集まってきてすさまじい状態だったと聞く。

 一方日本政府は、太平洋諸国首脳が集まって諸問題を話し合う会議を3年に一度日本に招いて開催することを申し出ていた。PALM(Pacific Islands Leaders Meeting)と名付けられた催しは日本では「太平洋・島サミット」と呼ばれ、1997年以来継続していて、2018年が第8回、来年度第9回が開催される予定である。その2000年の第2回会議で、廃棄物の問題に取り組むための援助をすることを日本政府は申し出たということだ。その最初の試みがサモアで行われることになったのは、サモアの首都アピアにSPREP(Secretariat of Pacific Regional Environment Programme)というオセアニア各地の政府の作った環境問題に取り組む組織が置かれていたからである。SPREPは地球温暖化も含めオセアニアの島嶼国家が抱える様々な環境問題に取り組んでいるが、その1つに廃棄物処理の問題がある。日本からはJICAがSPREPにも、サモア環境省にも人材を送り込み、ゴミ問題の解決に取り組むこととなった。

f:id:koubundou:20200624144311j:plain

SPREP正面入り口。アピア市郊外、閑静な高級住宅地ヴァイリマに置かれている。

2011年、山本真鳥撮影。

 とりあえずはタファイガタ廃棄物処理場の改良工事を始めたのが、2002年の事である。福岡方式(福岡大学で開発された)という比較的安価で効率のよいシステムをモデルにして、竣工は2005年のことであった。サモア政府に引き渡されたのは2006年である。タファイガタの廃棄物処理システムは、山の斜面を使い、雨水を利用し、自然の空気を通すことでバクテリアの繁殖を盛んにして、ガスを抜きつつ腐らせるという巨大なコンポスターのような装置らしい*11

 また、サモアではやがて分別収集が実施されたが、人々が結構熱心に取り組んでいるのを見るのはうれしい驚きだった。1980年前後のサモア人の行動様式を知っている私にとって、予想外の展開だった。考えて見れば、そもそもサモアは村のコミュニティがしっかりしていて、村の地縁合議体がコミュニティのあれこれを決めていく能力を持っている。そこに村ごとの競争意識が刺激されれば、われもわれもと改革に向かって動き出すことが起りうる。どの村も動かず、失敗することもあるのだが、うまくいくとすごいことがおきる。2011年に調査した時には、既にペットボトルを学校で集める試みが始まっていて、中学生たちは家でペットボトルを集めて、登校時に持ってくる。こうして回収ができていた。

 

オセアニアの廃棄物処理問題

 さて、サモアのタファイガタ廃棄物処理施設の完成が日本政府による第一期の協力であったが、SPREPとJICAは協力して、このサモアの成功をオセアニア各地に波及させようとしていた。サモアの実験は成功していたが、他の国にこの経験を生かしたシステムを導入する必要がある。これが第二期に相当する。

 2006年から2009年の島サミット間に作られたと思われるJICA製作のパンフレット*12によれば、パラオ、バヌアツ、フィジー、ミクロネシア連邦では事業が進みつつあった。また単に装置を作るだけでは駄目なので、装置を動かす人材が必要である。ここから先は主に桜井国俊の報告*13によるが、JICAは当初沖縄にあるセンターに人を呼んでトレーニングをする予定であった。しかし、島嶼地域である沖縄といっても、日本の一部であるため、沖縄の経験が経済格差のあるオセアニア島嶼国において必ずしも役立たないかもしれない、という疑問が出て、サモアのSPREP本部にもトレーニングセンターが作られた。また、パプアニューギニアのような大国では、国内にトレーニングセンターが作られている。

 2011年から2016年には、第三期はJ-PRISMとして11カ国(フィジー、パプアニューギニア、ソロモン、バヌアツ、ミクロネシア連邦、キリバス、マーシャル、パラオ、サモア、トンガ、ツバル)のすべてに及ぶ事業となった。この時期は、域内で良い事例を作ったところから専門家を派遣して、他地域に波及効果をもたらす試みが行われたようである。ここではおそらく、環礁のようなところでも廃棄物処理ができるような方法の開発が試みられたかもしれない。桜井の指摘によれば、島嶼国の廃棄物管理の特徴は、最終処分地の確保が難しいこと、これは特に環礁では深刻な問題であろう。また、リサイクルに回そうにも先進国まで送らなくてはならないので輸送費コストが高いこと、島嶼経済に必要な観光産業の基盤としての自然の景観がダメージを受けやすいこと、災害の多発による災害廃棄物の処理問題、といったことに集約される。現地では扱えないリサイクル資源を、デポジット制にして、先進国へと返送出来るしくみ作りは急務であろう。

 現在は、J-PRISM第二期(2017~2022)に入っている。日本が資金提供をしているものの、域内での交流が行われて、域内の知恵を集約するしくみが整いつつあることはすばらしい。また、人々への環境教育は、日本国内のレベルを通り越しているのではないだろうか。未だにレジ袋の有料化などで四苦八苦している日本は、2周くらい遅れている。レジ袋の利用は減っていても、コンビニ弁当も魚や肉の食材も、プラスチック容器に入っており、それらの議論は進んでいない。ここのところの新型コロナの関係で、包装はますます厳重に行われるようになってしまった。

 海洋のプラスチック汚染について、彼らは大変敏感だ。サモアでは、レジ袋には生分解性プラスチックのものしか使用できないという法律が、2006年に制定された。生分解性プラスチックとは、プラスチックであるが時を経ると分解してしまって残らない。

 サモアで日本の援助を見てきた者として、全くの傍観者であるが、援助としてのハコモノにはうんざりであった。現在、中国政府は大変熱心に建物を建てて、中国政府の資金で建てられたという標識をあちこちに作って回っているが、かつての日本も同じようなことを繰り返していた。日本の援助で1979年にアピアの商業地区にできた漁業省の建物は当時としては大変立派であったが、現在は跡形もない。漁業を国家財政に組み入れて盛んにするという方針自体がこけたのではないだろうか*14。もちろん護岸工事も災害からの復興も重要ではあるし、役に立っていると思う。しかし、このように、廃棄物処理のような目立たない技術移転や、現地の人材育成や人材交流も含めた、域内全体を巻き込むきめ細かな援助が行われるようになったことは本当にすばらしい。

 

●次回は8/28(金)更新予定です。

 

*1:ビキニ、ムルロアほど有名になっていないが、その他の環礁でも核実験は行われている。

*2:全く私事に関わるが、会議でケンブリッジに行った際、宿泊したクライスツ・カレッジではダーウィンが所属し学んだということで、入り口に彼のレリーフがはめられていた。普通に旅行サイトに載っていて、誰でも宿泊可能である。

*3:組織の由来はよくわからないが、石油王が資金提供をしているようだ。

*4:ギルバート諸島は、合衆国が放棄したライン諸島とフェニックス諸島のほとんどの島を統合して独立しキリバス(Kilibati)となった。

*5:Nasa Global Change of the Planet(2020/6/21)

*6:小林誠(2010)「「海面上昇」の真実―進行する環境破壊」吉岡政德・石森大知編『南太平洋を知るための58章』明石書店。枝廣淳子・小林誠(2011)『笑顔の国、ツバルで考えたこと』英知出版。

*7:A.P. Webb and P.S. Kench (2010) ‘The dynamic response of reef islands to sea-level rise: Evidence from multi-decadal analysis of island change in the Central Pacific.’ Global and Planetary Change 72(3): 234-246.

*8:小林誠(2008)「地球温暖化言説とツバル」『社会人類学年報』Vol.34。

*9:サモアの土地の所有権は、市街地でも1/4エーカー(約300坪)以下の面積に分割することは法律で許されていないので、20人以上の大家族でもかなりゆったりとした暮らしである。

*10:タファイガタは伝承をもつ由緒ある地名であるが、内陸の山間部にあり、植民地時代から長らく監獄が置かれて、囚人と看守以外の住民もいないために、廃棄物の投棄が行われてきたのであろう。

*11:SPREP & JICA ‘Samoa’s Tafaigata Landfill Rehabilitation Project in Action’ (2020/6/22)

*12:JICA ‘Our Islands, Our Waste, Our Future: Japan’s Cooperation on Solid Waste Management in the Pacific Region.’(2020/6/22)

*13:桜井国俊(2016)「太平洋島嶼国廃棄物管理分野での日本の協力J-PRISM」『アジ研ワールド・トレンド』no.244.

*14:おそらく、当時はアメリカ領サモアのように遠洋漁業をして魚肉缶詰工場を作るといった計画も視野に入れていたはずだが、結局そのような動きは実現しなかった。

Copyright © 2019 KOUBUNDOU Publishers Inc.All Rights Reserved.